コロナ狂騒曲

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秋吉

 5月8日にようやく新型コロナウイルスが「5類感染症」に移行されました。移行されたから急にコロナ自体が無くなるわけでもなく引き続き極地的に発生はしているようですが、全体的には長かったコロナ騒動も一区切りしたような雰囲気です。

 2019年の12月に中国の武漢でコロナウイルスが報告されてから3年半、本当に長かったですね。人々の生活スタイルや働き方を一変させ、会社経営にも大きな影響を与えた新型コロナとは何だったのでしょうか。専門的な知識は全くないのでコロナウイルスそのものについては語れませんが、それでも学ぶことはあった気がします。

 日本では2020年2月のダイヤモンド・プリンセス号での集団感染辺りから一気に騒がれ始めて、4月の緊急事態宣言で人々の行動が完全に制限されるようになりました。テレビやインターネットでは毎日のように感染者数や亡くなった人の数、著名人の感染報告などが報道されて、専門家と言われる人たちがいかにコロナウイルスが怖いのかを語っていましたが「怖さ」よりも「違和感」を感じたのを覚えています。

 普段からテレビや新聞の報道の多くには「嘘」とまでは言わなくても「意図」があると感じていたので報道される数字も鵜呑みにはしなかったのですが、そうかと言って自分で何か判断をできるほど知識があるわけではありません。

 その時に唯一信憑性がありそうだなと感じたのが「死亡者数」です。重篤者や感染者数はいかようにでもカウントできますし、割合や比較なども見せ方しだいで良くも悪くも調整できますが亡くなった人の数は調整できません。コロナで死に至るリスクが怖いと言われていたので尚のこと死亡者数を気にして見ていましたが少し時間差で発表される人口動態などを見ても例年に比べて亡くなった人の数が多いということはなく益々不思議な気がしていました。

 そうこうしている内に約1年後にワクチン接種がスタートしました。余りに拙速でどうしても辻褄が合わないことが多く、かと言ってやはり自分で何か確証があるわけではないのですが違和感は大きくなるばかりです。当時の謳い文句は「大事な人を守るためにワクチン接種を」でした。誰もが反対できない感情に訴えるキャッチコピーです。時と場合によりますが、今回のように仮にも医療処置を国民に勧める場面で感情に訴えかけて煽るやり方に不信感をぬぐい切れず結局ワクチンは一度も打ちませんでした。

 何が本当の正解であったかは未だにわかりませんが、コロナも収束傾向の今年の2月に自分自身もコロナに罹患したものの幸いにも軽症で済みました。そのことを考えると私の場合は結果的には打たなくても良かった気がしています。

 10人の内、8人以上がワクチン接種を行っていた当時に最も危険だと感じたのは感染そのものよりも世の中の対立構造でした。人は、人から与えられた善悪でこんなにも簡単に対立してしまうのかと切ない気持ちになりました。そして、これは今も世の中の多くの場面で起きていることで、そのことに気が付くことができたのは今回の大きな学びの一つでした。

 気にして見ていた死亡者数ですが、あれだけコロナで大騒ぎをしていた2020年は一年を通して前年より減少していて、翌2021年の後半からは急に亡くなる人が増えていき2022年は戦後最多を更新して今も増加傾向にあります。高齢化の進む日本ですし様々な要因が考えられるのでしょうが、いずれ詳しい検証がされるのかもしれません。

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