論語

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 先日開催した「経営フォーラム2011」では、経営とは直接関係のない論語をテーマに、安岡定子先生に講演をしていただきました。少し固いテーマではありましたかが、これも何かのきっかけになってくれたらと企画したものです。

 最後列で講演を聞いていたわたしには、会場の様子は参加者の後ろ姿でしか判断できません。講演中は、面白おかしいテーマではありませんから笑いがあふれるようなことはなく、どちらかと言えばシーンと静まり返った会場内に、わたしも多少心配になっていました。

 しかし、あにはからんや。講演が終わるや、講師の安岡定子先生の著書の販売に行列ができているではないですか。皆さま口々に、「講演よかった」、「論語を勉強したい」、「論語教室に行きます」と言われるのです。
 多くの人たちは簡単に役に立つハウツーを求めているのではなく、心の奥底では「どうあるべきか」という人生の指針を求めているのだと実感しました。いまの世の中、お寺の住職さんの説法以外では、大人にそんなことを説いてもらえる機会はなかなかありません。

 もっとも、日本人には国民性としてその論語の美しい精神は既に根付いています。戦後教育で薄れてきたとはいえ日本人には「年長者を敬う」「和を以って貴しと為す」「恥を知る」などといった美徳があります。論語は、改めてそんな日本人としての原点に触れることでわたしたちを心地よくしてくれるのだと思います。

 台湾人の金美齢さんは、日本ほど誠実な国民性を持った国はないと言います。ビジネスをする上でも、納期などの約束を守ることは当たり前ですし、支払いも安心できるのが日本人なのです。
 それでもこのごろは、納品が終わって支払いの段になったら値引きの交渉をするような経営者もいないではありませんし、偽装やごまかしをする輩もいないではありません。しかし、そんな程度の悪いことに多くの日本人は瞬間的に嫌悪感を示します。恥のかき捨てをできないのが日本人なのです。

 それに引き換え、論語の発祥の地である中国は少し心配です。両国が、どうしてこんなに異なる美徳を持った国になってしまったのでしょうか。多少相手国と上手くいかないことがあっても、相手国の国旗を踏みつけたり、写真に火をつけたりする日本人をわたしは一人も知りません。

 将来を背負って立つこどもたちに胸を張って堂々と生きてもらうためにも、わたしたちおとなの誇り高き言動はとても大事です。そんなとき、論語は日本人の心の拠りどころとなる確かなものです。
 4月からの大石会計事務所内で開催する安岡定子先生による論語教室はオープン講座です。論語は続きものではありませんから、単発での受講もOKです。お時間のある時にお出かけになってはいかがですか。