恩師

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 ¥「あの人と出会っていなかったら、今の自分はない」。みなさまも改めて過去を振り返ってみると、そんな恩人が何人かいるのではないでしょうか。では、そんな恩人に感謝のメッセージを伝えたことはあるでしょうか。

 わたしにとっては、小学校5、6年生の担任だったN先生がそんな存在です。わたしの人生観に大いなる影響を与えてくださった先生です。曲がったことは絶対に許さない厳しさの一方で、いつもわたしたちの存在そのものを認めてくれていた優しい女性の先生でした。わたしは先生に褒めてもらいたくて、真面目な小学生を演じていたように思います。

 小学校卒業以来36年間お会いしていませんでしたが、ことあるごとに大好きだったN先生を思い出していました。ある研修で「恩師に会いに行ってお礼を伝えてこい」と言われ、真っ先に思い出したのもN先生でした。素晴らしいきっかけを与えてくれた研修にも感謝しなくてはなりません。

 ところが、いざ連絡を取りたいと思うと、先生の住所も電話番号も分かりません。教師をしている旧友にたのんで、どうにか連絡先を調べてもらい、少し怖い思いを感じながら思い切って電話をしてみました。

 電話の向こうで、先生は昔と変わらぬ明るいお声で対応してくださいました。そして、お会いいただけるとのお返事をくださいました。ありがたいはなしです。しかし先生が、突然電話をしたわたしのことを覚えてくださっているのかは分かりません。その時は、そんなことも聞けないまま電話を切ったのです。

 36年ぶりの再会は、先生のご指定で甲府駅での待ち合わせとなりました。お互いを認識できるのか、少し不安はありました。先生がわたしのことを覚えていたとしても、12歳の大石少年のイメージだけですから、頭のてっぺんがすっかり淋しくなった50歳間近の中年男性を見ても、絶対に分かるはずがありません。

 待ち合わせ場所であたりを見回していると、間もなくN先生の姿が目に入ってきました。先生は少しお年を召されていましたが、昔の面影がありましたから、わたしが人違いすることはありませんでした。

 それでも、36年も会っていなかったのです。先生がわたしのことを忘れていたとしても無理はありません。ガッカリしない覚悟はありました。ところが、ありがたいことに先生はわたしのことも当時のこともよく覚えていてくださいました。昔を思い出し、そんなN先生に「ありがとうございます」と伝えるだけで、涙が溢れてきてしまいました。

 75歳になられた先生は、今でも大学で若者に指導をしていらっしゃるそうです。いつまでもお元気でいてくださることを心からお祈り申し上げます。

 子どもの頃は、先生に「ありがとうございます」と伝えることはできませんでした。きっとその時にはありがたいとも思わず、当たり前のできごとだと思っていたのでしょう。いま目の前にいる人に、もっと素直に「ありがとう」を伝えなくては、そんなことを気付かせてもらった恩師との再会でした。