神様の贈り物

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 100kmマラソンの翌日、完走した社員からもらったThanks Cardには、「ウルトラマラソン参加の機会を与えてくださりありがとうございます」と書かれていました。

 普通、「ありがとう」はいい思いをしたときに言うセリフです。苦しい思いをしたはずなのに感謝されるのですから、彼にとっては意味のある体験だったのでしょう。

 私はウルトラマラソンに誘っただけで、機会なんて与えたつもりもありません。好きで勝手に参加するイベントですから、無理強いもしていません。彼は嫌なら断ればよかったのですが、自分でスイッチを入れたのです。

 それにしても、100kmといえば新宿から河口湖の距離です。それを走り通すなんて、普通の人から見たらバカげた行為です。53歳の私の場合、肉体的に若くはないので、その気になった時にやらないと機会がなくなります。

 目の前にあるチャンスに反応する人としない人がいます。明らかなチャンスでしたら誰もが反応します。しかし、往々にしてチャンスは、困難なことの向こうに隠されていますから気付かないのです。

 ウルトラマラソンが人生におけるチャンスだとも思いませんが、私にとって初の挑戦は、人生観に多少なりとも影響した気がします。人生観が変わるような体験に楽しいことはあまりありません。

 甲子園を目指している高校球児は死ぬほど練習しているはずです。結果、甲子園の夢は叶わなくても、その経験から多くの副産物が生まれます。そのひとつは鍛えられた肉体です。

 10代で鍛えた肉体を「神様の贈り物」と言った人がいました。意味深い言葉です。30代、40代になってどんなに体を鍛えても、成長期の10代のような肉体は絶対につくれません。そのタイミングでやることに意味があるのです。

 勉強も仕事も人間関係も同じです。「神様の贈り物」は、やるべきタイミングで精一杯やった人にだけ与えられるのではないでしょうか。

 後は、その苦しい体験をどのタイミングでするかなのです。いつやるか。そう「今」でしょ。