平成最後の新年に想う


大谷

 平成最後の年が明けました。年末どのような気分で過ごしていても、大掃除をして、正月飾りをして、そして新たな年の始まりとともに気持ちが切り替わります。毎年同じ事をして年末年始を迎えるのですが、一年の節目に同じ事をして過ごす、ここに人生の妙があると私は思います。

 さて、いつもと変わらない年末年始を過ごせたことに感謝しつつ世の中の流れを見渡せば、世界のいたる所が非常に速いスピードで大きく変わりつつあることを感じます。国家間のパワーバランスの変化、科学技術の加速度的な進化、遺伝子工学の進歩、仮想通貨市場の急激な変動、極端な気候変動の増加など、挙げればキリがありません。これまでの10年も大きく変わっていますが、これからの10年はそれ以上に大きく変化していくのではないでしょうか。

 その中でも社会に非常に大きなインパクトを与える可能性があるものに、AIがあると思います。ここ数年で飛躍的に進化していくと思いますが、その先にあるのが果たして人間の幸せなのか。SF映画や小説の話では行き着くところ、AIが自我を持った先には人間との戦いが待ち受けていますから、一抹の不安はあります。冗談のようですが、科学技術は夢物語を現実にする力があります。それが良い方に転ぶか悪い方に転ぶかはこの時代に生きる人間しだいです。

 そんな世の中ですから、この時代に生きる一人一人が社会の主役として正しい志を持ち、それぞれに与えられた役目を日々着実にこなしていくことが重要なのではないかと思います。裕福な人、裕福でない人、機会に恵まれた人、恵まれていない人、健康な人、健康でない人、どんな人でもそこに与えられた役割があるのだろうと思います。理想がどうであれ、全てはいま自分が立つところからしか始まりませんから、地に足を付けて前に進み続けることが肝心なのだと思います。

 年に何度かの実家への帰省の際、親に会うたびに、老いとは決して避けられないものだなと感じると共に、自分も着実にそこへ近づいているのだなと実感させられます。孔子曰く、四十にして惑わず。私は今年で四十歳になります。さて、自分は惑わない境地に達しているかといえば、到底及ばないところにいることを思い知らされます。孔子は五十にして天命を知りました。私も不惑の境地もそこそこに、憚りながらそんな五十歳を目指してこれからの日々を歩んで行きたいです。

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