何もできない私

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名藤

 2020年は飛躍の年にしようと、学生に負けないぐらいの熱意を抱いていた1月。しかし、いざ蓋を開けてみれば新型コロナウイルスの影響で資格試験が中止になったり、やりたいことも出来ない状況になったりで、頑張りきれずに熱意が徐々に冷めているような日々を過ごしています。

 そんな折、所員の窓を執筆できる番が回ってきましたので、改めて「私の原点」を書き留めたいと思います。

 工業高校出身で製造業の道を歩んでいた私が、いまの道に舵を切ろうと思ったきっかけは「目が見えなくなるかもしれない」という医師からの宣告です。19歳の頃でした。

 宣告後しばらくの間は、自暴自棄になり人生を投げ出すかのような暮らしをしていましたが、いざ病と向き合って、手術の日が近くなった時に将来のことを考え始めました。

「目が見えなくなった時に、自分は何がしたいのか。」

 病院のベッドで一人、外を眺めながら「色んな方の話し相手になりたい。出来ることなら人を幸せにできる話し相手になりたい」と思いました。

 学生時代はスポーツで賞をとり、社会人としても仕事を覚えて評価され、昇格研修に推薦されるような順風満帆な人生であっても、目が見えなくなれば何もできない私です。

 音を奏でたり、踊ったりのパフォーマンス力があるわけでもなく、服や絵や陶芸品を作るようなクリエイティブな才能もありません。考えた末に「お金の悩みを持つ人を減らせるように手助けができる人になりたい」と会計の仕事に私の道が繋がりました。

 大石会計事務所の最大の使命は、利益を生む中小企業づくりのお手伝いです。この環境で、『利益を生む中小企業づくりのお手伝いができる私』になることが目標です。

 私は「目が見えなったら」という未来をキッカケに舵を切りましたが、人によっては変えないことが、その方にとって一番の正解であることもきっとあるでしょう。

「将来の自分はどうありたいか」
 この答えはまさに十人十色で、正解はありません。
 目が見えなくなった時、定年退職後、10年後、亡くなる間際、色んな状況が考えられますが、先を見据えて今を見つめることでその人自身に合った道が出来ると思います。

 今回、原点を振り返れて熱意が再び溢れてきました。
 波乱の年となった今だからこそ、原点や将来を考えるには最適な時なのかもしれません。

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