震災のシンボル


田中

 社員旅行で、陸前高田を訪れました。

 当時高校三年生であった私は、2011年3月11日の午後2時46分、卒業式が終わった直後でした。

 定食屋で友人達とこれからの大学生活をどのように過ごすかなど、他愛もない会話を直前にしていたことを覚えています。

 突然襲った大きな揺れの後、飲みかけの味噌汁がひっくり返ったこと、お店の外の電柱が左に右にふらついていたこと、そして通学路の電気屋でテレビ中継を見て言葉を失ったこと。

 あの時のことは、未だ記憶に鮮明に残っています。

 様々な思いを抱きながら、一本松にたどり着きました。枯死したその木は、いまも強かにそびえ立っています。海はやはりその場所からとても近かったです。

 7年の歳月が経ちましたが、復興と呼べる状態にはあとどのくらい時間を経なければならないのかと考えるだけで、胸が痛みます。

 あの時、皆様はどのようにお過ごしでしたか。

 震災のシンボルは、それが忘れられない出来事であったことを私に思い起こさせてくれました。

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