
Y.S
今年の3月初旬、母が診療中に倒れ、緊急入院になりました。
その一週間後には、あと数時間、あと数日と医師より告げられました。
手術の成功も見込めないとの見解に、それであれば母との最期の時間を二人で静かに過ごしたいと伝えました。
主治医は優しい方で、家族の気持ちを理解し、配慮をして下さったことに感謝をしています。
すぐに満室であった個室を空けて下さり、私が泊まれるように手配して下さいました。
それからは、モニターと電子音、常にバイタルに注視し、母の異変に気付けるように夜中も起きて見守りました。
2時間おきに来て下さる看護師さん達からは、休むように何度も言われましたが、無我夢中でしたし、死を宣告されても、私は納得しておらず、助かることしか考えていなかったと思います。
そんな緊迫した時間の中で、沢山の想い出を語り合い、母も私も、感謝の言葉しか出て来ませんでした。
私は、少しでも母に触れていたかったので、母の爪を切り整えたり、髪をとかし少しだけ切らせてもらい、今でも母の髪の毛をお守りのように持っています。
あの時は、毎日主治医と相談しながら治療を進め、仕事に復帰し、その後の緊急時は、主治医と電話で連絡を取り合いながら3カ月を乗り切りました。
一旦退院し、半年間で3回の入退院を繰り返し、今に至ります。
最後の入院で緊急手術になりましたが、快復に向かい、今は自宅で療養をしています。
主治医からは、奇跡的な快復も、本人の生命力によるものと言われています。
稀な快復のため、論文のお話もいただきました。
母の「生きたい気持ち」と私の「救いたい気持ち」が合致して、更にご先祖様や、この時ばかりは神様が救って下さったのかもしれません。
ただ、この辛い半年を乗り越えられたのは、主人のお陰であり、感謝しかありません。
主人は、医療の知識を研鑽し、患者様の健康をサポートしているため、母の血液検査の結果を分析し、毎日アドバイスと励ましの言葉を送り続けてくれました。
医院と住まいが千葉のため少し距離がありますが、母が宣告された日も直ぐに駆けつけてくれ、その後も毎日電話で、いつも私の心のそばにいてくれています。
入籍して、まだ夫婦歴の短い二人ですが、主人への信頼と感謝は数え切れません。
春が過ぎ、夏が過ぎて、
もうすぐ秋のお彼岸。
ご先祖様へ感謝の気持ちをお伝えしつつ、お墓参りの後は、主人の好きな杏が沢山入ったあんみつを、たまにはご馳走したいと思います。
